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脳と免疫系の細胞間相互作用の場に関する研究

  • 病理学部 島田厚良(中央病院 中央検査部 部長)、石井さなえ(日本学術振興会特別研究員)
  • 共同研究者: 池原進、稲葉宗夫(関西医大)、梅垣宏行(名古屋大)

 

脳性麻痺の原因で、早産児に特徴的な脳室周囲白質軟化症では、先行する母体の炎症が形成途上にある胎児脳に影響を及ぼすことが、病態形成にとって重要である。また、胎内の炎症環境は、自閉症スペクトラム障害をはじめとする発達障害や統合失調症の原因のひとつとしても重要視されている。かつて、脳は免疫特権器官として、免疫系から隔絶された臓器と考えられたが、現在では、脳は末梢の免疫系と相互作用し得ることが知られるようになった。そこで、発達期脳障害の病態解明のためには、炎症・免疫細胞と脳実質細胞の相互作用の様態を知ることが第一歩であると考える。我々は骨髄移植の手法を応用し、マウスをモデルとして、脳・髄膜をはじめとする頭蓋内組織の病理組織形態学的分析を進めることによって、炎症のない健常状態において、骨髄由来免疫系細胞が脳実質へと進入する経路を明らかにした。GFP遺伝子導入B6マウスをドナーとした同系骨髄キメラを骨髄内骨髄移植によって作製し、移植2週間、1、4、8ヵ月後に固定して、GFP, NeuN, Iba-1, GFAP, CNPaseに対する免疫染色を行った。また、骨髄細胞進入領域でのフラクタルカイン、CXCL12などのサイトカイン発現を免疫染色およびRT-PCRによって検討した。その結果、ドナー骨髄由来細胞は移植2週後に脈絡叢間質に定着し、4〜8ヵ月の経過で脈絡叢付着部の脳実質小領域に離散的に進入し、突起を有するミエロイド系に分化した。脳室上衣と髄膜に挟まれた脈絡叢付着部は、アストロサイトの線維性突起から成り、フラクタルカインを発現した。脈絡叢間質には、ミエロイド系のみならずCXCL12発現細胞も存在し、ともに骨髄由来であった。脈絡叢と付着部の脳領域からはフラクタルカイン、CXCL12、および関連分子のmRNAが検出された。従って、脈絡叢間質・付着部および隣接脳領域は、CXCL12やフラクタルカインによって骨髄由来細胞をリクルートする装置として、脳免疫連関に重要な場である。さらに、神経変性病態では、脳内ケモカインの増加によって、骨髄から脳実質へのミエロイド系細胞のリクルートが亢進していることがわかってきた。これらの所見は、発達期脳障害や認知機能低下などの精神・神経病態を、脳・免疫系細胞間相互作用の変容として捉える新しい視点からの研究が必要であることを示している。
Hasegawa-Ishii S, et al. Brain Behav Immun 29:82-97, 2013.
Hasegawa-Ishii S, et al. Brain Struct and Funct DOI 10.1007/s00429-014-0987-2 (in press)
石井さなえ研究員は本研究によって、PsychoNeuroImmunology Research Society 20th Annual Scientific Meeting(スウェーデン・ストックホルム, 2013年6月)のTrainee Scholar Award を受賞した。